このデータは怪しいゾ

社員のモチベーションが高い企業は業績も高い−。法政大(東京都千代田区)とアイエヌジー生命保険(同)の中小企業に対する合同調査で、従業員の意欲が業績とも密接に関係していることが分かった。

調査は昨年4〜12月、東京、神奈川、静岡、京都に本社がある中小企業3069社にアンケート形式で行われ、576社から有効回答を得た。

 この結果、勤労意欲が高い正社員の割合は全体の65%だったが、過去5年間の売り上げが増加傾向にある企業では75%に上り、減少傾向の企業は42%にとどまるなど大きな差が出た。(時事通信


<参考>アイエヌジー社によるプレスリリース http://www.ing-life.co.jp/ing/news_2009_0202.html

どういうアンケートかわかりませんが、こういう相関関係を見るには業績だけでなくモチべーションも継続的にデータを取らないとまったく無意味。プレスリリースを読む限り、業績は5年分のデータから傾向値をとり、モチベーション調査は今回だけみたいですね。これじゃあ相関しかわかりません。しかも示唆として何もない相関関係。以下は詳しいデータがない(ネットでもプレス記事ばかりなので)ことを前提にお読みください。今後詳しいデータが手に入り、こちらの間違いがわかれば訂正文をいれます。
まずはシンプルな疑問から。

だいたいですね、「モチベーションが高いから業績が良い」のか、「業績が良いからモチベーションが高い」のかで全然意味が違うわけで。
相関関係だけみればそりゃあモチベーションと業績がリンクするのは当たり前。データを取るまでもない。しかし、因果関係(ここでは前後関係)が逆なんてことは想像レベルでもわかります。

いわゆる「分析バカ」というのが世にはいます。やたら母数の多いデータを取ってSPSS(統計分析ツール)回して「統計的に有意差」があるのを抽出して感度分析してうんぬん…で、出た結果は調べるまでもない「仮説通り」。この話だって、一般論でいってモチベーションが高い職場の方が働くにはいいわけで(また経営サイドにとっても行動を促しやすい)、おそらくはそれを言わんがするための経営的な理由づけとして業績との相関を持ってきたのでしょうが…。

自然科学系はともかく、社会科学系のこの手の統計分析は実は非常に難しいのはわかっています(特にサンプリングの仕方と再現性が得られないという点において)。思うに、とりわけマネジメント系の仮説は統計よりも実地検証で行って、その結果成果が得られた前提条件を探るやり方の方が理にかなっているし、使える理論となり得ると思うんですけどね。これをきちんとやらないからアメリカ産の横文字経営手法をそのまま自社に持ち込むという愚を日本企業は繰り返したわけで。同じ日本の同じ業種業態の企業でもどれだけ組織やオペレーション、ビジネスモデルに違いがあるかを考えれば、成果が出る前提条件(共通性といってもいい)を提示するやり方の方が誠意があると思うのです。学者やコンサル屋の商売で「どんな会社でも成果が出ます」なんて言ってるだけで、鵜呑みにしてはいけませんし、洗脳する側もいかがなものかと思います。

ちなみにこの研究を行った法政大学の坂本光司教授は「不況・好況は社員によってもたらされる。モチベーションの高い社員がいる限り、不況という悪魔は現れない」中日新聞)、「経営者が社員のモチベーションを高めることに力を注げば業績が高まることを理論的に証明できた」日刊工業新聞)と鼻息盛んにどう考えても非常識なことをおっしゃってますが、そんなお話を本気で鵜呑みにする経営者がいるとは思えません。

また、モチベーションというのはマズローでいうような段階的な要素もあるし、仕事内容に絞ってもどの要素(タスク・ビジネスユニット・ストラテジー・マネジメントなど)にモチベーションを感じているのか、あるいは個人・チーム・部署・会社のどのレベルに感じているのか(いわゆるロイヤリティ)によってもずいぶん違うでしょうし、業績とリンクするモチベーション要素がどれかの方が本来重要で、それがわかればこの研究も意義のあるものなのですが。たぶん坂本先生はそんなことまで考えが及んでいないでしょう。

…とここまで書いてみて、昨日の記事で紹介した「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者が坂本先生だと気づきました(苦笑)。なるほど、どおりで(自粛)。

 勤労意欲を高めるのに効果的だった制度は、「何でも言える組織風土づくり」が27%と最も多く、勤労意欲の高い企業では60%が実施していたが、低い企業は37%。「経営情報の公開」「成果主義」なども効果的と回答した企業が多かった。

こういうシンプルなデータの方がはるかに有用な情報を含んでますね。

 逆に従業員の意欲が低下するのは「経営者、上司への信頼をなくした時」が63%と最多で、「賃金、処遇への不満」(51%)、「職場の人間関係悪化」(41%)の順だった。

「経営者、上司への信頼をなくした時」が1位ですが、これって業績が悪くなるときとほぼ同意なんですよね(^^;。
言っておきますが、企業経営においてモチベーション施策が重要なのは言うまでもありません。またこの記事のように、モチベーションの高さが業績アップをもたらすこと「も」あるでしょうし、そういうケースの方が多いだろうとも思います。もっといえば因果関係的にもモチベーションのアップは業績アップのための一要素であることは間違いないでしょう。でも、それだけクローズアップするのは誤解を生みやすい。経営者にとって、あるいは研究者にとっても本当に重要なことは次の2段階のステップでしょう(特に後者)。

1.いかにしてモチベーションを高めるか(モチベーション・マネジメント)
2.その上でいかにして業績とリンクする施策を立案するか(戦略、イノベーションをもたらすマネジメント)

ちなみに上記の2点をうまく整理できているのは野村総研の研究だと思います。興味のある方はご一読を。

モチベーション企業の研究

モチベーション企業の研究

また、単に経営でモチベーションが重要だ、どの点がポイントかを知るのなら既に全世界250万人のデータを分析したといわれる下記の本もあります。こちらもどうぞ。
熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素 (ウォートン経営戦略シリーズ)

熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素 (ウォートン経営戦略シリーズ)