「失敗学」と「TQM」からみた「教え方の技術」

組織を強くする技術の伝え方 (講談社現代新書)

組織を強くする技術の伝え方 (講談社現代新書)

筆者の畑村洋太郎氏は日本における失敗学の泰斗で、多くの本を書いていらっしゃいますが、この本は失敗学からみた技術の伝え方について書かれた本。やや抽象論で製造業中心に書かれている部分もあってとっつきにくさもある本ですが、いくつか「これは!」と思えた部分を引用。

技術というのは本来、「伝えるもの」ではなく「伝わるもの」なのです。(中略)
このときに伝える側が最も力を注ぐべきことは、伝える側の立場で考えた「伝える方法」を充実させることではありません。本当に大切なのは、伝えられる相手の側の立場で考えた「伝わる状態」をいかにつくるかなのです。
教育制度や教材を充実させるというのは、すべて伝える側の立場で考えた「伝える方法」の充実のための方策です。そのこともたしかにおろそかにできませんが、一方で「伝わる状態」が作られていなければ、これらの努力は意味をなさなくなってしまいます。

つまり、教えるに当たっては、教える内容や伝え方以上に、教わる側の態勢が作られていないとダメいうわけで、このあたりをマズロー欲求段階説人工知能の研究を援用しながら説明しています。畑村氏は具体的には次のようなことを提言しています。

たとえば、私は自分が提唱する失敗学を通じて、新しく知識を獲得するためには、まず行動して失敗を経験したほうがよい、とすすめています。それはこのような体験をすることが、受け入れの素地づくりにつながると考えているからです。人間は失敗をした瞬間、「つらい」とか「悔しい」という気持ちが心の中に生じます。このような意識になることが大事で、そう思えた人は失敗を繰り返さないために自ら新しい知識を獲得するための行動を始めるというわけです。

以上のことを念頭に置いて、技術を正しく伝えるためにはどうすればいいか、あらためて私なりの考えを簡単に整理しておきたいと思います。正しく伝えるためのポイントは次の五つです。
1.まず体験させろ
2.はじめに全体を見せろ
3.やらせたことの結果を必ず確認しろ
4.一度に全部を伝える必要はない
5.個はそれぞれ違うことを認めろ

上記の5つの項目を体現している例として、宮大工やたたら製鉄のような伝統技術があがっています。これらの世界はマニュアルや作業標準書があるわけではないのですが、学ぶ側のものにとって、上記1〜5が得られる環境だということです。なるほど。
全体的にいえることは、いかにして教わる側が自主的になれる環境を作り出すか、という点が強調されるところで、そういう意味では現場の自主性が強調されるTQM(総合的品質管理)でも同じでしょう。しかし私自身もTQMの指導をやっている中で、この難しさを感じているところです。そういう中で、先日古本屋で手に入れた25年以上前の本ながら、多くの示唆に富む本を見つけました。

TQCとトップ・部課長の役割―体質改善と動機づけの要点

TQCとトップ・部課長の役割―体質改善と動機づけの要点

筆者はトヨタ自動車からグループの豊田合成のトップを務め、TQC(当時はTQMではなくこう呼ばれていた)の旗振りを行ってきた人物です。1950年代からこういった業務改善を現場で行ってきた叩き上げの人物だけあり、非常に興味深いエピソードも散りばめられています。

ある会社を指導しているとき「私は部長ですが、連携しなければならない相手の部長が一番苦手なのです。向こうも私を毛嫌いしているようなのでなかなか楽な気持ちで話に行けません」というのです。
これはいわゆる人間関係の問題ですが、こういう部長をそのままにしておいては会社が困るので、なんとか苦手のなくなる方策を考えねばなりません。少なくとも部長になったら苦手が一人でもいてはいけません。言い換えれば、苦手がいるような人は部長にしてはいけないと思います。既に部長になってしまった人はしょうがないので、苦手をなくす目標を決めて自己啓発の努力をしなければなりません。

現場の自主性を阻むのはこういう上司の姿勢だったりします。私自身の考えでは相手の性格や人柄にではなく、あくまで仕事にターゲットを置くことで苦手意識というものそのものが「問題」から外れると考えています。
根本氏はまた、トップヒアリングの在り方についてもいくつかの考え方を示しています。トップヒアリングというとよくセレモニー的でおざなりのものになりやすいのが常ですが、次の3点を指摘しています。
1.やると決めたら絶対やる…ヒアリングを引き伸ばさない。現場の苦労を水の泡にしてしまう。
2.結果だけでなくプロセスを聞く…結果がよかろうと悪かろうと、聞くこと自体が大事。具体的なアドバイスも準備する。
3.トップが「何か手伝うことはないか」と聞く

実際にTQMの導入をする中では、3.は特にありがたいことです。トップの上手な関与の仕方のお手本がこれ。無関心は大罪ですが、何でもかんでも自分の思い通りにしようとする関与の仕方は逆作用に働くこともあります。この3.については根本氏のこんなエピソードが紹介されています。

私は最初の内、いちいち「この段階で私が何か手伝うことはないか」と質問しておりました。しかし、みんなが慣れてきて、どうせ言われるだろうからと、始めから報告資料に書いてくる人が増えてきました。ほとんどの人は、残された問題と今後の進め方のところで、一つぐらいは手伝ってもらいたいことがあるようです。場合によっては、わざわざ上の人が手伝わなくとも、隣の部と協力すればできることでも、トップに言っておけばうまく進むだろうと書いてくる人もいます。
余談ですが、この「手伝うことはないか」というせりふをある販売店の社長が使ったとき、みんながびっくりしたそうです。今までこんな言葉を社長が所長クラスに使ったことがなかったそうです。それ以来、トップヒアリングの雰囲気がソフトになって、QCとは大変よいものだ、ということになったそうです。

経営における大きな問題は大抵部門を横断したり、自部門では権限を越えている場合が多いことが一般的。上への風通しが悪いと情報が上がってこなくなり、致命的な問題にもなり得ます。実は昨年から、いくつかの病院と福祉施設でその手の問題が見えてきたのでこれに手を打つべく「研修+コンサルティング」的な内容を今年は強化して進めています。現場を低く見る前に権限を持つ上の方々の奮起を期待したいものです(と偉そうに書いてみる)。