経営的に常に正しいかは別として

日本でいちばん大切にしたい会社

日本でいちばん大切にしたい会社

先日より日本理化学工業について書いたりしていましたが、その原著をやっと読みました。伊那食品工業など、筆者である坂本教授(龍一じゃないよ)の考える「日本でいちばん大切にしたい会社」を紹介しています。
で、この本の取り扱い説明書的に書くと、坂本教授のこの本での主張はあくまで中小企業のニッチ戦略論として「かなり」正しいというくらいで読んだ方が良いかと。すべての企業はもちろん、中小企業の一部にとってもここで主張されている経営方針なりが正しいかといえば疑問が残ります。
坂本教授は会社経営を次の5つに対する使命と責任を果たす活動と定義しています。そして以下の順が優先順位となっています。

1.社員とその家族を幸せにする
2.外注先・下請け企業の社員を幸せにする
3.顧客を幸せにする
4.地域社会を幸せにし、活性化させる
5.自然に生まれる(結果的に生まれる)株主の幸せ

坂本教授の論理は本を読んでいただくとして、以下に簡単な反論をあげておきます。

その1:ニッチは一部の企業が行うからニッチである

すき間を意味するニッチは、大企業がまともに取り合わない市場なので独占でき、多くの利益を享受できるという競争戦略の一つなんですが、ニッチ戦略をとれる企業とは前述の1〜5の方針を持っているというより、実は技術的な制約の方が大きく、よって結果的に一部の企業しかできないからこそのニッチともいえます。また、ニッチ企業から大企業になるというルートは実はよくわかっていない(というより私が知らないだけかもしれませんが)。つまり坂本教授の志向するところは、アンチ急成長路線ともいえるもので、実際この本で紹介されている企業も緩慢な持続成長しかしていませんし、成長志向そのものを捨てているような企業ばかりです。そんな中小企業ばかりで日本は本当にいいのかな?と。産業の役割分担的な発想であれば、大企業に対する提言を一方で行わないと(低付加価値な製品を作っている企業は系列化するみたいな古い理屈しかこの本からはむしろ出てこない気もします)、この本の事例は「小さくとも清く正しく美しく」という話でしかありません。もっといえば、そんなはかない輝きをもった企業だからこそ、坂本教授がこの本を書き、各地で講演して彼らの経営をサポートして回って何とかなっているかもと思ってしまいます。
そういう意味では、坂本教授のこの本の書き方がおよそ学者らしからぬ情緒的な記述にあふれているのはわかる気がします。しかしながら、上記のような成長路線を捨てる前提でしか通用しないかもしれないということをきちんと触れるべきで、一方でそれを圧迫するような大企業の振る舞いに対する科学的・論理的反証をあげないとやはりこれは一般的な「経営論」としてはまともに語られないと思います。

その2:「幸せにする」「使命」による経営は必要十分条件ではない

坂本教授の心情は痛いほどわかるこの本ですが、これが必ず中小企業経営を立て直すかどうかというのは上記の点でも疑問が残ります。いわば理念による経営は確かに社員のモチベーションの観点で必須なのですが、経営継続の点から見ると反証例がいくらでも出てしまうのです。かつて小野桂之介中部大学教授が慶応大学院教授の頃に「ミッション経営」を主張しました。小野教授は私のゼミの恩師でもあり、尊敬する学者ですが、ミッション経営の理論は、社会的使命と事業の成功、ステークホルダーの満足の3点を満たす経営として定義されたものの、その実践理論としては非常に難しい側面がありました。

[新版] ミッション経営のすすめ ステークホルダーと会社の幸福な関係

[新版] ミッション経営のすすめ ステークホルダーと会社の幸福な関係

実例として挙がった企業の中には、その後まもなく経営不振で倒産してしまったり、今国会でも話題になっている疑惑の会社があったり(まあ昔はそうでなかったんでしょうが、経営者は当時と変わっていない)と、ミッションによる経営において3点を維持することが企業の社会的存在として正しいことであっても、継続性の点で正しいかというとそうでもないことがわかってきました。極論すると、まともなマネジメント能力のない経営者ほど、こういった理念やマインドに走ってしまう可能性をこの本は助長しかねない(実際は逆の経営者がほとんでしょうが)点も注意すべきです。


ということで、この本の読み方はあくまで坂本教授の「経営論」として読んではダメで、情緒的な記述を追わずに事実関係だけを追って読んでいった方が結果的に経営のヒントになるように感じます。やたら反論ばかりになってしまったようですが、この本のタイトルは秀逸で、坂本教授だけでなく、誰であってもそう思える会社ばかりです。ゆえにこの本の存在価値はそれだけで十分です。坂本教授にはぜひとも頑張って、ここから理念だけでなくオペレーションや組織体制も含めた経営理論としての科学的な体系化をお願いしたいことと、大企業への啓蒙ももう一方で行っていただき、ある種の日本の企業社会のサステナビリティ(持続可能性)を提示してもらいたいと大いに期待しています。繰り返しますが、情緒的な記述に惑わされることを除けば非常に良い本ですよ。