厚労省の公的年金検証

今日から3日間埼玉に出張中です。
自慢じゃないですが、私、年金制度だとか仕組みをちっとも知りません(国民年金に入ってるくせに。またサラリーマン時代に労組で副委員長までやってたくせに)。
そんな私ですが今日の日経の記事がなかなかおもしろかったのでちょっとご紹介。2004年に「100年安心」をキャッチフレーズにした年金制度が始まったんですが、5年おきに本当に安心かを検証することが決められていたそうです。その前に「100年安心」って何がどう安心なのかわからないので、ちょっと調べてみました。

政府は04年改革で、厚生年金の受取額が現役男性の手取り収入の何パーセントにあたるかを表す所得代替率の長期見通しを示した。夫が40年会社員、妻が専業主婦という標準世帯の場合、その値は04年度の59%から徐々に下がり、23年度以降は50%に固定される。
5割保証と呼ばれ、2100年まで守られる姿になっていた。自民、公明両党は選挙でこれを百年安心プランと宣伝したが、出生率の低迷などに直面し、早々と取り下げた。(2/24日経新聞社説)

え?もう「100年安心」は取り下げてたの??


それはともかく、厚労省の試算を見てみましょう。

(1)今回の財政検証(〜2105年度)、(2)2004年度試算(〜2100年)として比較します。

  • 保険料負担の上限…(1)(2)ともに2017年度以降、厚生年金は18.3%、国民年金は月1万6900円を上限に固定
  • 給付水準(所得代替率)の下限…(1)50.1%・(2)50.2%
  • 給付抑制期間…(1)2012〜38年度の27年間・(2)2007〜23年度の17年間
  • 厚生年金積立金(08年度末)…(1)145兆円・(2)156兆円

積立金の目減りが10兆円と厳しいにもかかわらず、所得代替率の下限がわずか0.1%のダウンというのも不思議ですが、10兆円を100年換算すれば年1000億円ほどの不足なので、まあなんとかなるということ(ほんとはならないだろうけど)ということにして、この試算の前提条件をみましょう。

  • 出生率…(1)1.26(2055年)・(2)1.39(2050年)
  • 名目運用利回り…(1)4.1%(2016年度以降)・(2)3.2%(2009年度以降)
  • 名目賃金上昇率…(1)2.5%(同上)・(2)2.1%(同上)
  • 物価上昇率…(1)1.0%(同上)・(2)1.0%(同上)
  • 実質経済成長率…(1)0.8%(15〜39年度平均)・(2)0.6%(08〜32年度平均)

もうツッコミどころ満載ですが、まず誰でもおやっと思うのが名目運用利回りと名目賃金上昇率の予想値が上がっていること。前回04年の想定では今回の100年に1度の経済危機が盛り込まれていないわけで、それなのにこれらの数値を上げて見積もっているということは、延長された5年分で相当な好成績の運用利回りと賃金上昇があるという想定と同じこと。んなことがあるわきゃない。さすがに出生率は04年の狂気の沙汰のレベルから下がってますが…。
それと、出生率を除く4つの指標はおそらく相関性があるはずで、このあたりの数字の胡散臭さは経済学者に検証してもらうと一発でわかるでしょう。たとえば経済成長率が0.1%上がると物価上昇率は普通なら何ポイントか上がるはず。そうなれば賃金・利回りも上がるはず…。数値ポイントによる相関性は学者に任せるとして、私のような経済素人でも「これって経済成長はするけれどインフレなしで賃金だけが上がる想定?」と疑問に思うでしょう。今回の経済危機前の日本経済の経済成長率と賃金上昇率(や労働分配率)の関係性をみれば、この前提数値の違和感はありあり。
さて、厚労省が今回こういう「甘い」試算を行った理由は明確で、給付水準(所得代替率)50%を堅持するための前提条件を設定したからにほかなりません。長期の経済予測なんぞ当たるわけがない、それでもやらなきゃならないというジレンマは十分に理解できても、アウトプット指標の数値を目標値として固定した上での試算は「検証」や「予想」ではなく、厚労省や政府の「希望」「願望」であり、「妄想」だということ。そういう意味ではこの試算を出した厚労省は「悪質」と言われてもしょうがありません。試算による検証はあくまで事実のままだし、50%堅持の目標値による試算は政策課題として提示すべきことでした。

一般のビジネス社会でもこのような予測シミュレーションを行いますが、原則は「収入は低めに、支出・コストは多めに」見積もること。その上で悲観的・楽観的・もっともあり得るシナリオの3通りを出して意志決定やリスクヘッジを行います。今回の厚労省は一応シナリオは複数作ったようですが、悲観的シナリオでも利回りは3.9%で、04年試算より高い上に、それでも給付水準は50%を下回るそうです。ましてや前者の基本的想定水準自体が甘いわけで、これはさすがにひどすぎます。

会社でも銀行への計画書や自分の企画を通さんがために甘い見通しを示すことはありますが、まずまともな銀行や会社ならこんなことはしませんし、通りません。国家運営はビジネスよりもさらに厳しいわけで、責任を示すこととは甘い試算を示すことではなく、常に最悪のシナリオを想定することだと思います。