船場吉兆の偽装問題と私の経験談

私が以前勤めていた百貨店のテナントに入っていた船場吉兆がプリンなどの消費期限を偽装していたという事件が起きました。船場吉兆の販売責任者で取締役のY氏は記者会見で会社ぐるみの偽装を完全否定、あくまで現場のパートが暴走したとのことです。
ところが今日のニュースでは、現場の元職員が「取締役は偽装を知っているだけでなく、偽装を指示していた」と会見、完全に反対の話が出ています。
http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY200711120058.html(12日の記事)
http://www.asahi.com/national/update/1114/TKY200711140322.html(14日の記事)
私も百貨店では食品売場にいましたし、消費期限の厳しい総菜売場も担当したことがありますから、かなり確信を持って言えますが、この事件に関して言えば会社ぐるみの可能性が極めて高いと思われます。
パート職員の話にあるように、テナントは毎日発注作業と売上報告を本社に行っています。それを見れば偽装しているかどうかは一目瞭然のはずです。実販売量よりも発注数量の方が少なくなるわけですから、気付かないのがどうかしています。
また偽装の意義は消費期限切れによる「廃棄ロス」を減らすことを意図していますから、そんなことをわざわざ一パート職員が行うモチベーションは働きません。そのモチベーションが働く人間は、考えられるのはただ一人。店舗ごとの利益責任を負わされる責任者、つまりY取締役しかあり得ないのです。パート職員に「(売上総)利益ベース」での販売コミッション制がない限りは、そんな面倒なラベルの張り替え作業など、避けたいとは思っても積極的にしたいわけがない。


ここで、消費期限というものをどれくらい食品にかかわる人間が意識するかについて、経験談を交えながらお話をしてみます。

食品販売において、販売量を増やすことはもちろん重要なのですが、食品は消費期限があるためやたらと商品在庫を増やすわけにはいきません。それは売れ残ったら「廃棄ロス」が発生するからです。「廃棄ロス」は金額で表すと「仕入原価」(製造原価)になりますから、売上から売上原価を抜いた売上粗利益(粗利益)から差し引かれます。つまり廃棄ロスはそのまま経費になるので、これをいかに小さくしつつ販売量を最大にするかが現場の悩みなのです。

総菜のようなその日限りの消費期限の商品の場合、廃棄するくらいならば大幅な割引をしてでもその日のうちに売り切らなければなりません。そこで夕方になると割引シールを張ったりして購買意欲を煽るのです。割引率は商品によってまちまちでしょうが、百貨店の自主販売で(テナントではなく)総菜を売っていた頃は5割引きまでは行っていました。これは、ほぼ原価のレベルで売っても利益は出ませんが、損も出ないレベルです。このあたりを知っているお客さんは、割引の時間を見計らって店に行くわけです。同じ商品を朝買った人とでは当然不公平が生じますが、人気商品から先に売り切れますから、その割引時間帯に来たお客さんは売れ残った種類のみを安く買えるというわけで、まあその辺の不公平感を帳消しにしているともいえます。

さて、割引販売をして、閉店時間になってもやはり売れ残りは発生します。すると前述のように捨てるのは利益を圧迫してしまうので、商品をもって今度は職員通路口にワゴンを構えてさらに格安で販売します。こうやって少しでも廃棄ロスを減らし、それでも残ると捨てます。基本的にタダでは配りません。たとえ職員であってもです。それをやると職員間で不正が起きやすいからです。こういったことは食品スーパーやコンビニの弁当・総菜でも同じだと思います。

つまり、売上総利益を最大化することが食品販売の要なわけで、そのためには営業時間内での品切れを極力防ぎ(機会ロス防止)、こまめに商品を追加で作り、販売量を最大まで増やし、できるだけ定価で販売しつつも余らないように割引して売りつくそう(廃棄ロス防止)と努力をするのです。こういう「ロス・コントロール」がどれだけ上手くできるかで利益が大幅に変動します。ちなみに私が担当していた頃はこれを徹底的に研究しました。時間帯ごとの売り上げ数量・客数をオンラインデータで把握しつつ、割引のタイミングを図るにはどうすればいいかを考えていったのです。おかげで当時売上総利益ベースで35%前後だったのを45%台まで引き上げました。10%も上がると売り上げが前年より落ちても利益ベースでは前年を軽くクリアできました。


このようにロスに対してセンシティヴな業界ですから、消費期限を偽装しようという気持が働きやすいのはよくわかります。しかし、それはアパレルのようなファッション商品でも一緒ですし、家電製品だって同じです(もちろんこういった業界でも最後は廃棄します)。アパレルや家電は在庫が残っても単に売れなくなるだけですが、食品は残れば味が変質します。だから真っ当な会社ならそんなことは絶対しません。今話題になっている不祥事を起こした企業はそういう意味でごく一部であると信じています。

ところで、赤福しかりですが、なぜかいわゆる老舗がこういうことをやってしまうのでしょう? 推測ですが、それは老舗ゆえに競争が少ないことも少なからず要因としてあるように思います。つまり期限を延ばせばちゃんと「売れてしまう」ことが見込めるからでしょう。結果的にはこういうことは消費者を欺き、バカにしているのと同じなわけで、やはりこれはブランドの「傲慢」としかいいようがありません。


では販売店である百貨店には問題はないのでしょうか? 商品管理については物理的に管理はムリ(アメリカ牛肉の全頭検査と同じような問題)で、定期的なサンプリング検査しかありませんが、「消費期限が過ぎたものがまだ店に並んでいる」のはチェックできても、「消費期限を偽装したものが店に並んでいる」のをチェックするのは不可能でしょう。

しかし、こういう反省点はあります。百貨店の場合、このようなテナントは家賃収入ではなく販売金額(売上)に一定の利益率を掛けた、いわばロイヤリティ的な形での契約になっています。これを「消化仕入販売」といい、売れた分だけ仕入れを百貨店側が行ったという形になります。在庫のリスクを百貨店側が背負う必要はありませんが、自主販売よりは当然ながらそのリスク分が利益率に波及しますので、低くなります。これはテナントによってバラバラですが、一般に老舗や強いブランド力を持つテナントの利益率は非常に低くなります。これは食品に限らず、グッチやルイ・ヴィトンのようなスーパーブランドも同じです。この取引は百貨店の売上構成のかなりを占めます。結果的にこれは百貨店の自主販売力を失わせるばかりか、商品開発力や顧客の情報収集能力を鈍らせます。変化の激しい流通業界の中で、百貨店だけがある種旧態依然の品ぞろえなのはそういう要因がかなり大きいのです。

百貨店側は在庫責任を負わない割に、高い売上をテナントに期待します。その結果が商品の売り切れを極力嫌う「機会ロス(チャンスロス)」に対する圧力となります。結果、テナントは実際の販売数量よりもかなり多めの発注を余儀なくされ、閉店前に商品が切れていると百貨店の売り場責任者からガンガンクレームがつきます。テナントは百貨店の自主販売売り場と違って割引してまで売ることはあまりしません。それはブランドイメージが傷つくからです。よって廃棄ロスのリスクは自主販売のそれよりもずっと高いのも事実でしょう。こういう実態も船場吉兆のような不祥事を起こしやすい要因になっていることは否定できないでしょう。


「過ぎたるは及ばざるがごとし」。百貨店側もテナント側も商売の基本に立ち返る必要性があるのでしょう。
それにしても職員のせいにする取締役や会社は許してはいけませんね。普通に考えても現場のパートが主導して不正を行うというのはないでしょう。