おかしな会合−「教育再生会議」

まずはこのニュースを読んでください。

政府は18日、安倍政権の最重要課題である教育改革を検討する「教育再生会議」(座長、野依良治理化学研究所理事長)の初会合を首相官邸で開いた。安倍晋三首相は冒頭「すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障するために、公教育の再生や家庭・地域の教育力の再生が重要だ」との方針を示し、教員免許更新制度や学校評価制度の導入の検討を要請した。
 来年1月に中間報告を出し、予算措置が必要なものは来年6月にもまとめる「骨太の方針」に盛り込む。
 首相と17人の委員、伊吹文明文部科学相らが出席した。首相は具体的な検討課題として(1)質の高い教育提供による学力向上(2)規範意識や情操を身につけた美しい人づくり(3)地域ぐるみの教育再生−−の3点を提示。その後の討議では、いじめによる生徒の自殺も取り上げられ、義家弘介横浜市教育委員が「脱落した子を受け入れる仕組みがない」と新たな制度づくりの必要性を強調した。
 今後は全委員による自由討議の後、月内にも分科会を設置し中間報告の取りまとめ作業に入る。首相の要請を踏まえ、教員免許更新制度のほか全国的な学力調査、学校評価制度などについて議論を進める。政府は来年の通常国会に、中間報告を反映させた学校教育法改正案を提出する方針。
 一方、首相が提唱する大学の9月入学制や教育バウチャー(利用券)制度の導入は与党や教育界に抵抗感が根強く、本格議論は中間報告後に先送りする方向だ。(毎日新聞

私個人としては、教育は国力の源と考えていますので、こういう議論を起こす場を作っていくこと自体にはまったく異論はありません。しかし、この会議の中身を見ると実にお粗末だなあと思った次第。
それは参加メンバーがどうこうというより、会議の進め方に疑問を持ったわけです。記事によれば、安部総理が検討課題を3点ピックアップしています。その内容自体は特に問題があるとは思えませんし、方向付けとして適切なレベル(MECEです)だと思います。しかしここからいきなり具体策として「教員免許更新制度」「9月入学制」「教育バウチャー(こんなもの民間の教育機関はとっくにやってるよ)」といったトピックや、朝日新聞によれば「国・数・理の学力強化」「大学入学の条件として奉仕活動義務化(個人的には賛成だが)」といった話が出ており、記事の見出し通り「百家争鳴」の観があります。そうなるのは当たり前です(下記囲みも参照)。

「学ぶ、思う、行うの3要素をバランス良くするには、まずきちんとした基礎学力」(JR東海会長 葛西敬之氏)
「基礎学力だけではダメ。人との対話力を重視」(ノーベル化学賞受賞 野依良治氏、同会議会長)
「(主要5科目は)これ以上力を入れる必要はない。ソクラテスのように知を愛し、ヘラクレスのようにたくましく、ミューズに愛されるように」(国際日本文化研究センター教授 川勝平太氏)
「偏差値とかは人間力のほんの一部。数字で図れない心の豊かさなどが人としての魅力では」(元五輪代表 小谷実加子氏)


いきなり個別議論に入る前に、目標(ゴール)と現状把握があってはじめて具体策検討になるのに、これではただの自由討論・評論であり、イズムの表明でしかなく、「朝まで生テレビ」レベルのものでしかありません。

目標では、具体的に安部総理の指摘に続き、以下のポイントを押さえる必要があります。

①公教育はどこまでカバーをすべきなのか
②教育の成果をどういう評価項目と尺度、レベルで設定するのか

①は、学校と家庭、地域、私学の担当分野(棲み分け)を決定することです。これにより、プロジェクト・マネジメントでいうところの最終成果物が規定され、品質とスコープが確定します。これが決まらなければプロジェクトは運営しようがありません(この会議も基本的にはプロジェクトの性格を持っています)。
②は、この会議の責任範囲を決めることでもあります。これを決めないと効果検証ができません。

次に現状把握ですが、定量・定性のデータに基づいた議論をし、根拠レスな主義・主張を退けるための大前提です。これにはいろいろなものがあるでしょうが、実は現在の教育行政の一番の問題点はこのデータの信憑性です(社会保障関係も同様)。
たとえば「いじめ」「校内暴力」の件数データですが、校内暴力の場合、「生徒が一瞬髪の毛を引っ張った」という軽微なレベルまでカウントしているところとそうでないところがあるそうです(定義を決めていない)。いじめの場合はもっと深刻で、最近の三輪中(福岡なんだよなぁ…)事件でも見られるように、被害者以外は「いじめ」と受け取っていない場合が多いため、データに現れにくいこと、さらに陰湿化して表面化しないケースが多いことです。
学力は比較的定量化しやすく、国際比較も容易だと思いますが、規範意識・情操については測定自体が非常に難しいところです。


いずれにせよ、この目標と現状をベースにしないと、およそ議論は平行線をたどります。小泉政権以来、この手の内閣府直轄型の組織を作るようになり、できるだけ「多角的視点からの分析」に基づき「総合化」するためにメンバー選定が幅広く、相反する主義・主張も合わせて「バランス化」した結果、玉虫色・妥協折衷型の結論しか出なくなり、骨抜きされる結果になっています。
まだ始まったばかりのこの会議ですが、メンバーが途中で抜けたり、骨抜きされることのないように願っています。