ソニーの苦戦(長文です)

ソニーをダメにした「普通」という病

ソニーをダメにした「普通」という病

ソニーといえば、ホンダ・松下(現パナソニック)以上にやはりスペシャルなブランドロイヤリティを感じるわけですが、ソニーショック以降の同社を見るとつくづく経営の難しさを感じてしまいます。
ソニーではその独自性の高い新規製品を世に生み出すというイメージがあり、それを支えてきたのは創業者の井深大盛田昭夫大賀典雄といった名経営者で、創業者以外にも複数の社長がクローズアップされる点でも稀有な企業だといえます。俗に「技術の井深」「マーケティングの盛田」「デザインの大賀」というように、企業のライフサイクルに合わせてしかるべき能力を持った人がトップに立ったという点でも興味深い会社です。
現在のトップはハワード・ストリンガー会長と中鉢良治社長。二人が就任したのはソニー・ショック以降の2005年。当時中鉢社長のインタビューを読んで、「こりゃダメだ」と思った記憶があります。内容はよく覚えていませんが、市場に対する見方がかなり古いなと感じたのをよく覚えています。もっとも、当時の市場環境なんて盛田氏がいた頃のようにシンプルでも過去の延長上でもないわけですから、読めないのは当たり前で、中鉢氏と盛田氏を比べてどうこうというのは無理があります。それでもあまりに「イマイチだなぁ」と思ったのは何だったのか。ここ数週間の雑誌記事でそのあたりが少し見えてきたので、一部転載しつつ思うところを書いてみます。

週刊ダイヤモンド1/10号の中鉢社長のインタビューより
Q.今期のテレビ事業黒字化は難しくなった。何が問題なのか。
A.テレビ事業が直面しているのは、価格の下落と販売数量の減少だ。価格が安くなっても必ずしも販売数量は増えておらず、体力勝負を強いられている。今までのように、高付加価値・高性能のテレビを全世界に展開するソニーのやり方は、一度見直す。先進国市場が低成長となってくるなかで、もう一度原点に立ち返り、顧客のニーズにどんぴしゃの商品を作らなければならない。もっと、値頃感のある商品をもっと出すべきだ。それは新興国市場にもあてはまる。最近販売が鈍化してきているのは、値頃感のズレがあるからだ。
Q.ソニーの商品に何が足りないのか。
A.05年から取り組んできた「もの作り力」の強化で、顧客のニーズさえわかればそれを商品化できる力はついている。薄さ9.9ミリの超薄型テレビなどが、他社に先駆けて出てくるようになった。足りないのは、顧客のニーズを吸い上げる力と、コスト競争力だ。

従来、ソニーという会社は市場創造型マーケティングで成長した会社です。上記のコメントからうかがえるのは、それができなくなっていることを認め(これは後述する開発問題で考えてみます)、市場対応型に切り替えるということ。それは宿敵パナソニックや韓国・サムソンの基本戦略であり、それまでのソニーの在り方を根本的にひっくりかえすものだと思うのですが、中鉢社長ソニーコア・コンピタンス(他社にマネできない核の能力)をどうとらえているのだろう?

同誌インタビューより
「創業以来60年培ってきた、アナログ技術をはじめとする現在のソニーコア・コンピタンスでは、次の60年を生き抜けない。それは私よりも社員のほうがよくわかっていると思う。技術が変わり、世界が変わっている。今までの業だけでは通用しなくなっており、新たなスキルを身につける必要がある。そのための構造改革(注:リストラ策)だ」
ソニーは技術をベースとした会社。その技術が皆をワクワクさせる商品を生み出してきた。だから技術では絶対に手を抜かない。やせても枯れても、開発は続けていく。ソニーだけでなく、これが日本の生きる道だ」

どうもわからなくなってきます。中鉢社長は「技術によるコア・コンピタンスは通用しない」としながらも「技術では手を抜かない」と言う。ここでいう「技術」とはニーズを具体化する力を指すのでしょうが、電器メーカーとしての企業ヴィジョンがわからない。効率化をキーに、パナソニックやサムソンと同じような企業を目指すのでしょうか? またそれについて現場の技術・開発陣はどう考えているのでしょうか?

週刊 東洋経済 2009年 1/31号 [雑誌]

週刊 東洋経済 2009年 1/31号 [雑誌]

週刊東洋経済1/31号の現役社員&OB覆面座談会より
Aさん(技術系現役社員)「研究畑の社員が悲惨だ。経営層から研究部門も利益を生めと尻をたたかれ、『この研究成果を事業にしてくれませんか』と事業部門に研究者が営業活動をして歩いている。でも事業部門は足元のビジネスで手いっぱいだから、ろくに話も聞いてもらえないと嘆いている」
Cさん(技術OB)「利益第一になっているのは外部からみてもわかる。転職先のソフト会社でもソニーのエンジニアと商談する機会が多いが、最近は口を開けば『そのソフトでいくらコスト削減できますか』という話ばかり。パナソニックのエンジニアのほうが、新技術に先行投資し製品の付加価値を高めることに意識が高い。OBとしては残念だ」
Aさん「正直、希望を感じるとは言いにくい。中鉢社長をはじめ、経営層が言うことは危機状況の分析ばかり。分析は社外のコンサルタントでもできる。トップに示してほしいのは、危機を乗り越えた後、ソニーが一体どんな企業になっているかだ。価値を生めと上から迫られる社員としては逆に、『会長、社長、あなたがソニーにもたらす付加価値って何ですか」と聞きたい。
Bさん(事務系現役社員)「何が技術や製品として花開くか先見できる目利きがマネジメントクラスに見当たらない。ソフト産業出身のストリンガー会長や記録メディア畑の中鉢社長にコンシューマー機器の完成品を判断しろというのは無理なのだろうか」
Dさん(企画系OB)「今の経営陣は、まだ市場に存在しない製品や主流でない技術に賭けるということをしない。4代目社長の岩間和夫さんが技術評価の定まらないCCD(撮像素子半導体)を何年もかけて育てたような長期的な取り組みがなくなった」
Aさん「(効率化して利益を稼ぐスタイルとして)パナソニックの製品を分解すると、現状では負けを認めざるを得ない。驚くほど低コストの汎用部品を使って、ソニー以上の性能と品質を実現している」

どうしても現役・OB社員からすると良き時代のノスタルジーがあるため、差し引いて読まねばなりませんが、ソニーパナソニック化の道が正しいかは置いておいて、それはそれでかなり茨の道のようです。また、ストリンガー―中鉢体制の最大の弱点である「目利き」については、なるほどなと納得。就任当時に感じた中鉢氏への違和感はヴィジョンの魅力のなさで、それが目利きに起因するのがなんとなく納得。
これに対する中鉢社長の反論のようなインタビューが同誌に掲載されており、それを読むと中鉢社長の苦悩やソニーの経営課題がわかってきます。中鉢社長を一概に責めるわけにはいかないと感じさせる、読んでいてこちらもある意味で心が痛むような経営者の吐露です。

同誌 中鉢社長のインタビューより
Q.これまでは高性能こそが付加価値と考える面があった・・・。
A.そうは言いたくないですが、確かにそういう一面があったことは否めないでしょう。そして(性能での他社製品との)差別化が難しくなってきています。
Q.他社とは一線を画するヒット製品が、かつてのソニーからは数多く生まれました。自由な風土から出たアイデアを目利きのトップが見いだし、製品に磨き上げる好循環があったからだと言われますが、この循環はもうないのでしょうか。
A.それはよく言われることですが、実際にはトップがすべての開発を見て決めているわけではありません。組織でやっています。今問題なのは、ソニーが他社に劣らない研究開発費を投入しながら、相応の利益を出していないこと。開発効率、つまり研究開発投資をキャッシュに換える効率が非常に悪いということです。これ以上、自由闊達を自分勝手と取り違えてやるのはいかがなものかと考えています。
”ノット・インベンテッド・ヒア(NIH症候群、自前主義)”的な考え方や自由勝手な状態から、もっとオープン化しないといけない。業界で必ずしもトップに立っていない、リードしていないものがあれば、その事実を認めて、技術を外部から補うなりして早くキャッチアップすべきなのです。あまりにもソニーの過去の「不幸な成功」と言いますか、そういうところだけが注目を集め過ぎていました。たとえばウォークマンがあったでしょうと伝説的に言われますが、あのやり方ではもうやっていけない。(中略)
社員が何の開発をしているかわからない、いつ会社に来るのか、いつ商品になるのかもわからない。これで給料がもらえますかね。5年、10年経っても成果が出ないからやめろというと、「この研究を切るのですか、大変なことになりますよ、ソニーらしさがないですね」と言う。そんな中で赤字を垂れ流して、ステークホルダーの期待に応えられますか? もしそういうものすごい自由闊達な会社があるのなら教えてください。ベンチマークしますよ。

Q.投資と利益をバランスさせる。普通の企業がやっていることを一からやり直すように見えます。
A.その言葉には同意しかねる。私が言いたいのはソニーのDNAというものがあるとすれば、変えるべきDNAもあるのではないかということです。ソニーらしさって何ですかと聞くと、たとえばウォークマンだと言う。ウォークマンの何がソニーらしいのかと聞くと、つまりはヒットした商品なのです。また社長がソニーらしくないと言うからなぜかと聞くと、利益を出さないからだと言う。利益を出さなくなると途端にソニーらしくない、と。ソニーらしさとは勝ち続けること、ヒットし続けることなのです。それができないとソニー神話の崩壊、ソニーらしさを失った、焦る社長とか言われるわけです。

正直いえば、このインタビューを読んではじめて中鉢社長が好きになりました。こんなに率直に自社の問題点を語り、その苦悩をリアルに伝える言葉はそうないでしょう。過去の成功体験が呪縛のDNAとなっている点では、一時期の松下と同じで、当時の中村社長による「脱・幸之助イズム」は相当苦難の道だったそうですが、基本的な市場戦略自体はそう変わっていないことから、同社とソニーを同じように比べるわけにはいきません。
とは言いながら、自社の社員から言わせれば「アップルやグーグルのような会社は自由闊達さがそのまま強さにつながっており、利益を出せないのは経営陣のせいだ、自分の責任を棚に上げて何を言っている」と言いたくもなるでしょうが・・・。
ちなみにインタビューに出てくる開発効率については、本記事にもそのデータが出ています。

05-07年の開発効率(営業利益総額÷研究開発投資総額)
アップル・・・4.2(iPodの業績が寄与)
キヤノン・・・2.1(漸増傾向)
サムスン電子・・・1.5(急落傾向)
シャープ・・・1.0(微増)
パナソニック・・・0.8(漸増傾向)
ソニー・・・0.5(ほぼ横這い)

中鉢社長の援護射撃を示すデータですが、開発から商品化にはマーケティング機能もカギですから、一概に研究開発部門の問題とはいえません。ただデータからは効率が悪いことを示しているのは事実です。また中鉢社長の脳裏には、出井伸之・前会長と久多良木健・前副社長の尻拭いからの教訓があると思います。出井氏は「デジタル・ドリーム・キッズ」のコンセプトでプレイステーションの大ヒット、AIBOの驚きをもたらしましたが、結果的にはコストが膨張し、リストラ→収益改善せず→退任となりました。プレイステーションの生みの親である久多良木氏の超高性能半導体セルの大失敗による収益悪化がその裏にあります。この2者の評価も難しいところで、今の段階では先進的なビジョンはあったものの、事業化において稚拙でソニーの転落をもたらしたという評価しかできないでしょう(事実、セルは現在東芝がテレビ搭載し、発売する予定)。いずれにせよ、そういう中で中鉢氏は社長就任した訳で、中鉢氏言うところの「変えるべきDNA」の権化である前任者2人のカラーの払拭とともに、企業体力の回復が最優先であったことを考えれば、またその結果短期間とはいえソニーが復活したことを思えば、ある程度仕方のない道であったし、中鉢氏も評価されて良い面もあるように感じます。
ただ、現在のソニーを見る限り、同社の課題は次の3点に集約できます。

1.同社の商品ラインナップは、急速にコモディティ化(低価格・普及品化)が進む商品であること。その中で同業他社ほどのコスト対応能力がないこと(日経ビジネス2/2号から参照)
2.高付加価値を志向する研究者・技術が他社や海外に流出しており、いわゆるソニーらしさが完全になくなる可能性があること
3.現在の経済危機を乗り越えた後のビジョンがなく、後継者も育っていないこと

個人的にはソニーのような市場創造型のメーカーが消えつつあるのは非常に残念。さはさりながら中鉢社長の戦略について理解はできるものの、それが成功する可能性も厳しい。実に難しいかじ取りと思われます。現役社員&OBの座談会でもあったように、ストリンガー&中鉢コンビが、ともに管理型経営である点はこれからの同社にとって不幸な気もします。
国会では構造改革派と見直し派がしのぎを削り、両方を揶揄して「ブレーキを踏みながら(構造改革による財政立て直し)アクセルを踏むこと(公共事業などによる市場回復)はできない」と言っていますが、ことビジネスにおいては、収益構造を変えつつ、次のヴィジョンと投資を行わないと、生き残れないですし、組織のモチベーションという点でも難しいようです。